紛争地域から生まれた演劇5

2013年翻訳上演作品2

アルジェリア戯曲
『包囲された屍体』
作=カティブ・ヤシン 翻訳=鵜戸聡

『包囲された屍体』の概要
1945年5月8日、アルジェリア東部の町セティフとゲルマにおいて、第二次世界大戦の戦勝記念
パレードが独立デモ、暴動へと発展した結果、当局の弾圧によって東部広域で2万人ともいわ
れる犠牲者を出した。この「セティフ暴動」で主人公ラフダルが、負傷し、投獄拷問され、刺殺さ
れるまでを、彼をとりまく群像(アルジェリア人の恋人ネジュマ、彼を匿ってくれたフランス人娘
マルグリット、母親たち、独立運動の同志たち等)とともに詩的に描き出した作品。

*以下は代表的なカテブ論である Jacqueline Arnaud, La litterature maghrebine de langue
francaise, II-Le cas de Kateb Yacine, Publisud, 1986, p 221-223 の指摘を適宜まとめたもの。


ドラマと詩が交互に現れることによって劇が展開する。
詩の部分とは、
ラフダル、ネジュマ、母親たちによるモノローグ、ラフダルとネジュマのダイアローグ、牢獄内で
の三人の友人たちの会話、登場人物の台詞を繰り返して歌うコロスの介入。


並走する二つの大きな筋
@集団的叙事詩、アルジェリア人たちの闘争。
デモの失敗と官憲による虐殺、袋小路に積まれた屍体。二度目の乱闘、司令官の殺害、活動
家(同志)たちの投獄・拷問・処刑、活動家たちの山岳部への撤退。ラフダルの息子アリーが
父の闘争を受け継ぐ(解放への展望を開く)。

A同志たちによるラフダルの探索。
デモの際に負傷して行方不明になり、発見され、また不明になり、投獄され、拷問され、半ば気
が狂った状態で解放され、裏切り者に短刀で刺され、長い断末魔の後に独りで死ぬ構造。

(雑誌『エスプリ』(1954.55)に初出の際は三幕に分けられていたが単行本ではこの区分は削
除された)

第一幕:デモの後、ラフダルを探す活動家たちの議論。
第二幕:アルジェリア人とフランス人の対立。
     フランスの司令官やその娘マルグリットの挿話、(時間を遡って)政治闘争、牢獄。
第三幕:ラフダルの死。

舞台となる五つの場
自由な空間
ヴァンダル通り(民衆の象徴たるオレンジの木が生えている)、カフェ(開かれた公共の場)。

閉ざされた疎外の空間
継父ターハルの家、司令官の家、牢獄。

演出の特徴(ジャン=マリ・セローによるチュニス公演の例か?)
複数の照明を舞台に当てることによって、別々の俳優が同時に演技する。
ラフダルが袋小路に倒れている一方で、ネジュマは家で嘆いている。
司令官の家の中では、秩序を表す父親の空間が、叛乱者たちを匿う娘の部屋に対置される。

牢獄のシーンで空間は炸裂しイマジネールな次元に突入。
スクリーンには投獄された独立運動家たちの顔が映し出され、マイクで増幅された彼らの声が
舞台袖から響き、牢獄の内部を喚起する。その間も役者たちは舞台上に留まる(牢獄の外)

現実と幻想を綯い交ぜにする映画的技法、「フラッシュバック」による時間の逆行。



[カテブ・ヤシンとアルジェリアの現代文学・芸術]
1954年以来の独立戦争は1962年に実を結んだが、アルジェリア全土で展開された戦闘や虐
殺は膨大な数の犠牲者と社会の破壊を生み出した。この戦いこそが独立アルジェリアのナショ
ナル・アイデンティティの要であり、文学がその経験をさまざまに描き出したもの当然であろう。
しかし早くも1965年にはブーメディエン大佐(1932-1978)のクーデタが勃発、1969年にはこの革
命の「没収」を激しく避難するラシード・ブージェドラ(1941-)によって『離縁』(La r?pudiation)が
発表される。この小説はカテブが達成したモダニズム的小説言語をさらに過激化させていく。さ
らに、カミュやカテブの作品を下敷きにしたモチーフが所々に鏤められ、アルジェリア文学内部
ですでに歴史的重層性が芽生えてきたことを示している。また、同時期のモロッコでもアブデッ
ラティーフ・ラアビー(1942-)のもと、詩誌『吐息』(1966-1972)に集った若い詩人たちがカテブ
ら先行作家の影響下に新しい文学を創り上げていく。

70-80年代も仏語文学は盛んであり、ターハル・ジャウート(1954-1993)やラバハ・ベルアムリ
(1946-1995)など新世代の優れた作家を生み出したが、ターハル・ワッタール(1936-2010)や
アブデルハミード・ベンハッドゥーガ(1925-1996)といったアラビア語による大作家の出現につ
いても注意を喚起せねばなるまい。また、アルジェリア人として生まれ故郷に留まることを選ん
だヨーロッパ系住民のなかには1973年に暗殺されたジャン・セナック(1926-1973)がいるが、
ほとんどの作家が詩に手を染めるマグレブにあって最大の詩人と呼んでよい人物の一人であ
る。

1989年、国民解放戦線(FLN)による一党独裁体制が終焉するものの、90年代はイスラーム主
義者によるテロが頻発し、政府軍との間で内戦が勃発、最終的には20万人ともいわれる犠牲
を出し、多くの作家や知識人が命を落とした。当然、この憎しみと暴力の連鎖は文学の中心的
テーマとなり、ブアレム・サンサル(1949-)やヤスミナ・ハドラ(1955-)のような作家が世界中に
多くの読者を持つことになる。しかし、21世紀に入ったいま、アルジェリアの文学はサリーム・バ
ーシー(1971-)やムスタファ・ベンフォーディル(1968-)を始めさらに新しい世代を輩出してい
る。同時代の諸問題に取り組む彼らの作品を繙けば、そこにカテブ・ヤシンの影響を見出すこ
とは容易であり、半世紀の後にも彼の作品が生き続けていることは疑うべくもない。


(以上、鵜戸聡氏による)