ブリュッセルの後は、パリだ
イスマエル・サイディの戯曲『ジハード』は、2014年末の初演以来ベルギー中の劇場を満杯にし
ていたが(2015年12月30日『ル・モンド』参照)、パリでもその偉業は続くことになる。フォリー・ベ ルジェール劇場の傍にある、喜劇が専門のフー・ド・ラ・ランプ(*フットライトの意味)劇場で、少なく とも十二月末まで上演される予定だ。9月16日が上演初日であったが、観客の大多数は若者 で、テレビカメラが強い存在感を放っていた。テレビカメラは上演が終わったあとも残り、サイ ディが取り仕切る討論会の模様を撮影した。サイディは、相変わらず舞台の上にいた。彼は、 自分たちがやることについて何の考えももたないままブリュッセルを発ち、シリアのホムスに戦 いに赴く三人のジハーディスト「聖戦主義者、転じてイスラム過激派」のうちの一人を演じている のだ。
演劇となった「ジハード」
登場人物達の共通点は、モスクである。モスクは、「路頭に迷って」しまった彼らの現実生活の
中で、唯一の安らぎを得ることが出来る場所である。ある者は漫画家(mangaka)になることを 夢見ていたが、イスラム教では絵を描くことが禁止されていると聞かされ、空虚感と絶望に陥っ てしまう。他の二人についても同様である。二人目の男は、ヴァレリーという女性を愛してい た。しかし彼の母は彼女との結婚を許さなかった。ヴァレリーがイスラム教徒ではないからだ。 三人目はエルヴィス・プレスリーが大好きだった、この歌手がアーロンというユダヤ人名をもつ ことを知る日まで、、、 反ユダヤ主義、人種差別主義、教理による抑圧。この三つが戯曲の 主要なメッセージを形成しているが、それらは、物語風の、そして戯画的でもある劇構成で覆 われており、その結果ジハーディストたちは無気力な怠け者となっている。
急進化に対するワクチン
イスマエル・サイディは完全に、近年のあの制限の傾向を意識しており、そしてそれを請け負っ
てもいる。彼の言葉を聞いてみよう。「今日、ピエール・デプロージュ(*現代フランスのユーモア作 家)がユダヤ人に対して言ったような、コリューシュ(*同じく現代のユーモア作家・俳優)がアラブ人に 対して言ったようなユーモアを述べることは、もはや出来ない。私はこの二つを最上位のユー モアだと考えているのだが、もう受け入れられない。しかし、自己検閲に陥ることな私のメッセ ージを人々に届けるためには、まさにメッセージを風刺で包み隠すことが、唯一の取りうる手 段だった。『ジハード』はカタルシスの力を持つ喜劇だ。同じ劇場にいる、様々な信仰を持った 観客達を笑わせること。これが、あらゆることについて笑うことを禁止してしまう、猛り狂った 人々に対する最良の答えである。」 この日には、五万五千三百人の人々(そのうち二万七千 人は青少年)がこの作品を見た。九月末からは二つの劇団がフランスでこの戯曲を上演する。 一つはフー・ド・ラ・ランプ劇場で。もう一つは各地へ巡業に赴く。様々な都市の刑務所や学校 で、62日間の公演が予定されている。
イスマエル・サイディのインタビュー
「我々の社会では、芸術はF15(*アメリカ合衆国がアフガニスタン戦線で使用している戦闘機)よりも価値
がない」
六月、教育大臣ナジャ・ヴァロー=ベルカセムは自ら申し出て、パリのドニ・ディドロ高校で行わ
れた『ジハード』の上演を見た。それ以来、学校現場における急進化防止のためという名目で この戯曲はエデュスコル(*フランス教育省が運営する学校教師のための教育法・教材提供 サイト)に登録されている。イスマエル・サイディは(*彼は敬虔なイスラム教徒である)このことの効果 を期待している。彼自身、青年の頃、いくつかのモスクでアフガニスタンでの戦闘への参加を 促された経験があるからだ。それから、彼は警察官になった。そして2014年、マリーヌ・ル=ペ ン(*現代フランスを代表する極右思想の政治家)が、「ジハーディスト達が『中東の戦闘に』出発するの は、私にとってどうでもよいことだ。彼らはシリアから戻ってこないだろうから」と言っているのを 聞き、『ジハード』を執筆した。
視点:「くだらないことが我々を救うかもしれない」
16日金曜日、フー・ド・ラ・ランプ劇場に、23才の息子をシリア争乱の最初の年に失くした一人
の母親がいた。名をヴェロニック・ロワという。上演後に行われたこの上なくすばらしい討論会 のとき、彼女は夫とともに自らの気持ちを語った。彼女もまた『ジハード』を戯画的であると感じ たが、「非常にリアル」だとも思ったという。そして、イスマエル・サイディ、および彼の横にいた 「自由なイスラム教ネットワーク」の活動家で大学教授でもあるラシード・ベンジーヌに感謝の気 持ちを述べた。他の発言者たちも作者に感謝の言葉を伝えていた。イスマエル・サイディはか つて、ジハーディストへの再教育、すなわち「脱急進化」の意義を信じていたが、現在は違う意 見であるという。「なぜなら、それは急進化した者たちに再び烙印を押すことになるからだ。そ の代わり、私は急進化に対するワクチンのようなものが可能なのではないかと考えている。そ れを生み出すのは、あなた方、フランス人だ。ひとつの小瓶を手に入れて、それを『自由・平 等・博愛』というフランスの政治的信条に加えて下さい。そしてそのワクチンを子供達に注射し て下さい。風疹予防注射の後にでもね。」
(討論会記録:「民主主義は教育に優先権を与えるよう定められている」)
以上、翻訳田ノ口誠悟
(文中の註*は田ノ口誠悟による)
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